デローザで行く ご近所ポタで鶴見仲通り
これも先月の事、銀杏を愛でる前の事です。
お天気が良いので、鶴見川沿いを下流に向かって南下して鶴見
の街をゆる~くポタします。

最初は、森永橋から見える森永鶴見工場。
最近は、「МORIUM&鶴見工場」と名前を変えて、今迄の
工場見学スペースを改修し、ミュージアムとしてリニューアル
したのだそう。コロナ禍で一時は、このミュージアムも休館と
なっていたのですがコロナ禍が落ち着いたので再開したそう。
長い間、休館となっていた為か、工場見学の申し込みが殺到を
してるのだそう。因みに、亀は、この地に40年近くも住んで
いますが、まだ、一度もこの工場見学に行った事はありません。

で、本日目指すは、鶴見仲通り。

この辺りには、他にも商店街が在ります。
大正時代に、海を埋め立てて工場が沢山出来て、人が多くこの
地に集まったそうです。それで、その人達向けの商店が出来て、
商店街も出来たのだそうです。

さて、鶴見仲通りのシンボル的な場所。「沖縄物産センター」。
NHKの朝ドラで話題となったリトル沖縄が在る処です。その
朝ドラも終了したので、この通りも少し落ち着いたようです。

でも、この沖縄料理のお店は、相変わらず行列が出来ています。

そして、亀が好きな、蛇がとぐろを巻いたようなソーセージを
売っているブラジル食材のお店。
この仲通り商店街は、沖縄から鶴見に移住した人と、沖縄から
中南米に移住して鶴見にやって来た人と、その人達に縁がある
中南米の人達向けの商店とレストランが在ります。
亀の好きなレストランでは、沖縄料理とボリビア料理を一度に
楽しめる事も出来ます。いろんな文化が入り混じった、他には
無い商店街です。
そして、永く鶴見に住んでいながら、まだ一度も来た事が無い
潮田神社に向かいます。

この神社の謂れは、ヤマトタケルの尊がこの地に立ち寄った際、
この近くに祠を建てたのが始まりなのだそう。

その後、近くの幾つか在った祠や神社を一か所にまとめたのが、
この潮田神社なのだそうです。
拝殿の脇には、大田蜀山人が参拝に来た時の様子を「調布日記」
という書物に残した事を紹介する札が建ててあります。当時の
この辺りの情景を詳しく記載したその文章を読みながら、当時
の情景を妄想するのも楽しいものです。
暑くも寒くも無い、晴天で気持ちの良い秋の一日。ご近所ゆる
ポタを楽しむ亀でありました。





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お天気が良いので、鶴見川沿いを下流に向かって南下して鶴見
の街をゆる~くポタします。

最初は、森永橋から見える森永鶴見工場。
最近は、「МORIUM&鶴見工場」と名前を変えて、今迄の
工場見学スペースを改修し、ミュージアムとしてリニューアル
したのだそう。コロナ禍で一時は、このミュージアムも休館と
なっていたのですがコロナ禍が落ち着いたので再開したそう。
長い間、休館となっていた為か、工場見学の申し込みが殺到を
してるのだそう。因みに、亀は、この地に40年近くも住んで
いますが、まだ、一度もこの工場見学に行った事はありません。

で、本日目指すは、鶴見仲通り。

この辺りには、他にも商店街が在ります。
大正時代に、海を埋め立てて工場が沢山出来て、人が多くこの
地に集まったそうです。それで、その人達向けの商店が出来て、
商店街も出来たのだそうです。

さて、鶴見仲通りのシンボル的な場所。「沖縄物産センター」。
NHKの朝ドラで話題となったリトル沖縄が在る処です。その
朝ドラも終了したので、この通りも少し落ち着いたようです。

でも、この沖縄料理のお店は、相変わらず行列が出来ています。

そして、亀が好きな、蛇がとぐろを巻いたようなソーセージを
売っているブラジル食材のお店。
この仲通り商店街は、沖縄から鶴見に移住した人と、沖縄から
中南米に移住して鶴見にやって来た人と、その人達に縁がある
中南米の人達向けの商店とレストランが在ります。
亀の好きなレストランでは、沖縄料理とボリビア料理を一度に
楽しめる事も出来ます。いろんな文化が入り混じった、他には
無い商店街です。
そして、永く鶴見に住んでいながら、まだ一度も来た事が無い
潮田神社に向かいます。

この神社の謂れは、ヤマトタケルの尊がこの地に立ち寄った際、
この近くに祠を建てたのが始まりなのだそう。

その後、近くの幾つか在った祠や神社を一か所にまとめたのが、
この潮田神社なのだそうです。
拝殿の脇には、大田蜀山人が参拝に来た時の様子を「調布日記」
という書物に残した事を紹介する札が建ててあります。当時の
この辺りの情景を詳しく記載したその文章を読みながら、当時
の情景を妄想するのも楽しいものです。
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