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ランドナーで行く 九州縦断 その1 日田-宇佐

さて、本日は日田から宇佐迄の山道を行く約70kmの道です。

九州縦断だったら、普通は久留米から熊本という西向きコースを
進むのですが、今回は何故か東向きのコースを進みます。
何故か?

その理由は、三つ。

その1
今迄、仕事で福岡や熊本は訪れた事はあっても、大分は行った事
が無かったから。

その2
どうせ九州縦断を目指すなら、ついでに、九州の東西南北各々の
最端に行ってみたいと思っていて、九州縦断と九州最東端を一緒
に目指すには、このルートが最適となった為。

その3
邪馬台国九州説を応援する亀としては、日田と宇佐は外せないと
感じたから。

で、あります。

日田-宇佐
と、いう事で、JR日田駅から出発です。
ここ日田は、魏志倭人伝に出てくる卑弥呼が中国の皇帝から鏡を
100枚貰ったそうですが、その鏡と同じと思われる鏡1枚が、
この地の古墳から発掘され、話題となった場所であります。

まあ、100枚ある鏡のうちの1枚だけですから、後々配られた
うちの1枚かも知れません。しかし、この周辺にその100枚の
鏡を配った、邪馬台国が在ったと考えるのは自然です。
そして、筑紫平野を目の前にし、細い渓谷に守られたこの場所は、
神託をして、各小国を束ねていた卑弥呼の住まいがここに在った
と考えるのも、不自然ではありません。
実際に、福岡からランドナーで上がってきて、当時の人はどんな
思いで日田迄の道を歩いたのかと想像してみると、この狭い渓谷
から、いきなり開けた広い盆地を見た時の驚きは、そんな神聖な
場所だと感じさせるものがあります。

国道212号線を中津目指して走ります。
さて、ここから山道となります。
「いいちこ」の日田蒸留所が在ります。いいちこ、日田の水で、
造られていたんですね。知らなかった。

日田-宇佐
緩くて長い坂道が続きます。
小雨ながら雨も降ってきました。

登坂車線が現れ、段々と坂の傾斜はきつくなります。
で、その上に強い向かい風。滅多に使わない一番小さいチェーン
リングを使って、風に煽られながらフラフラと上がります。

そして、標高400メートル程の山国峠越えて、長い下りとなり
ます。下りも斜め横からの強い向かい風でランドナーが風に煽ら
れてフラフラしてしまいます。
なので、下りもブレーキを掛けながら慎重に下ります。
やがて坂道は傾斜を緩めた道となり、川沿いを進みます。

日田-宇佐
サイクリングロードが在ります。
この道を進みます。

日田-宇佐

日田-宇佐
自動車も自転車も走っていない道を独り占めで走ります。
走っているのは、畑作業に使う管理機くらいです。

日田-宇佐

日田-宇佐
廃線跡を利用したサイクリングロードでした。

日田-宇佐
そして、本日のお目当ての中のひとつ「青の洞門」に到着します。
小学校の教科書に載っていて、世の中、凄い人がいるものだと、
ずっと思っていて、いつかは行ってみたいと思っていた場所で、
あります。
この「青の洞門」、亀は海岸沿いの絶壁に掘られたものだ勝手に
思い込んでいました。でも、実際は川沿いでした。
海沿いの絶壁に在るのはイタリアの「青の洞窟」ね。

日田-宇佐
ところが、この「青の洞門」。少し気になる事があります。
それは、この「青の洞門」を掘った訳は、道が無かったからだと
小学生の頃、習いました。でも、川の対岸側は、緩やかな斜面と
なっています。わざわざここを掘らなくても、あっちの緩やかな
道を行けばいいんじゃない?と思います。

日田-宇佐

日田-宇佐
また、頑張って掘った、この「青の洞門」。自動車が通れるよう
に、後で改修され、手掘りのノミの跡が残る場所は、ほんの一部
となっています。

日田-宇佐
一生懸命掘ったのだから、ちゃんとその跡を残すべきじゃない?
そんな事を感じた亀でした。

日田-宇佐
これ、掘った人ね。

日田-宇佐
さて、また暫く走ると耶馬渓。
お~、邪馬台国と似た名前。やっぱり、邪馬台国と関係あるので
しょうか?興味あります。
で、煉瓦造りの橋が在りました。

渡ってみたくなります。

日田-宇佐
で、その橋を渡り、さらに下ります。

中津の街が見えて来ました。
適当な広い道を見つけて、右に曲がり、宇佐目指して走ります。

で、「宇佐神宮」の看板を見つけて走ります。

日田-宇佐
海から一直線に進む、参道のような綺麗な道を走ります。

日田-宇佐
「宇佐神宮」の西門から入ります。
かなり強い気が感じられます。亀が今迄行った事がある神社の中
で、一番の強さの神社です。強い気を受けて、クラクラしながら
歩いて行くと本殿が在りました。ここは、伊勢神宮と同じ本宮と
外宮が在ります。

日田-宇佐
で、このいつか一度は来てみたかった「宇佐神宮」。
まずは本宮からお詣りします。

日田-宇佐
そして、外宮。

近くには古墳も在る、この「宇佐神宮」。
海から見たら、光輝く古墳の先に見えた荘厳なる佇まいだった事
でしょう。

出雲や瀬戸内海の方から九州に行く時、船で行くには、博多廻り
で行くよりも、この中津や宇佐から行った方が遙かに楽なコース
だったのだろうと想像してしまいます。
また、逆に出雲や瀬戸内海に行くには、博多からよりもこの中津
や宇佐から行った方が、海は穏やかで安全だったのでしょう。
そんな交通の要に、大きな神社が在るのも理解出来ます。
そして、大きな神社だけでは収まらず、神社としては別格の神宮
という名称を持った「宇佐神宮」だけが何故、この九州に在るの
でしょうか?

これは亀の勝手な推論ですが、古事記にも記載されている大和へ
の東征に関係していると思われます。
その昔、大規模な稲作を筑紫平野でやっていた邪馬台の本家で、
内紛が起り、そこを追い出された、所謂、邪馬台の分家が東へと
行って勢力を付けたのではないのでしょうか?そして、何世代か
後に、邪馬台の分家が、勢いの落ちた邪馬台の本家を打ち負かし
たのではないのでしょうか?
そして、本家のある地に大きな神宮を建て、我がルーツを確かめ
たのではないのでしょうか?

また、九州の小さな地域に点在する地名と同じ地名が、大和周辺
にも在るといわれています。
この手の話は世界中にあります。例えば、アメリカの地名でも、
ニューヨークとか、ニュージャージーとか、ニューハンプシャー
等の地名があります。皆、移住する前の故郷イギリスの地名です。
新たな土地に来た人々が、故郷を懐かしんで、そのような地名を
付けたのと同じように、大和に移り住んだ人々も、故郷の地名を
新たな土地に名付ける事もあったのかも知れません。
実際に、九州でまとまった地域に密集している地名が、大和では
広範囲に拡がって多く点在しているといわれています。

これも、単なる偶然とは思えません。
そして、謂わば我が故郷に立派な神社を建て、神宮という天皇家
の神社となったのも不思議ではありません。

九州を縦断するのに、わざわざ、日田から宇佐に大きく迂回した
のも、役に立ったと思われます。







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プロフィール

亀次郎 kamejirou 1958

Author:亀次郎 kamejirou 1958
リタイア後の時間をどのように
有意義に過ごすか?
考えた末の答え、
それが、昔憧れたランドナーと
ロードバイクによる
「自転車乗り」です。

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